とある田舎で幼少を過ごしたとお話しましたが、とても食べ物の美味しいところです。
なかでも、車で少し行ったところに気に入っている漁港があり、よく賑わっていて楽しいです。
元気の良いおじさんが、おねえちゃん食べてきなよ、と声をかける。
発泡スチロールを何箱もかかえた家族連れが嬉しそうに歩いている。
まだ生きているような魚がピカピカと光り並んでいる。
それもこれも、たとえばあの元気の良いおじさんたちがまだ暗い朝のあけないうちに海へ出て、働いてきた証。
スーパーでは産地を明記して、ある地域の食品を避ける方がたくさんいると思います。
もし私に子供がいたら、私も避けるのかもしれない。
水が冷たいなぁ、風か身体を冷やすなぁと、船上で一仕事したあのおじさんの笑顔がまた見たくて、あの港町が賑わっていてほしくて、ただそれだけで、私は一消費者になろうと思うのです。
お魚さんの大切ないのちをいただくということ。
誰かのその日の努力を受け止めるということ。
ただ、私は、いただきますと言って美味しくいただくというだけのこと。
今日もスーパーへ言って、牡蠣鍋なんていいかしらなどと献立を考える。
そこになにも懸念などなく、あたたかいばんごはん、という答えだけがあれば良いのに。

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