デザインとイラストのお仕事が両方できると言ってまわっていると、デザインも、イラストも、どちらもお仕事がいただけるものなのです。ありがたいことです。
今日のような活動をストリートアートからはじめたニャンですが、いつのまにか世の中のすみっこで、憧れていたイラストレーター、という職業についています。
高校の先輩が大阪天王寺の路上でポストカードを作って売っているらしい。
そんな噂話が学校で広まり、好奇心に火をつけられたニャンは、先輩から受け取った一枚のイラストをながめ、私もと、ハガキに描いた今で言う原画を数枚と、適当なテーブルクロスのような布を持って、天王寺の路上でデビューしたのです。
まわりにはアコースティックギターで歌い小銭をもらうお兄さんたちがいっぱい。
夜もふけてくると、ダンボールを住処とするおじさんたちが場所をとりに集まってくる。
楽しい仲間もでき、騒がしくおしゃべりしていると、鉄道警察のおじさんが、お嬢ちゃん、そろそろね、帰ろうか。さ、片付けてね、とうながしてくる。
あの時、たくさんの夢をみていました。
それよりももっと大きくて、私の邪魔をしていたもの、それは「不安」。
ある時、路上でいつものようにポストカードを並べていると、風が強く吹いて容赦無く飛ばしてしまいました。
またある時は、酔っ払いがどうどうとイラストを踏んで歩きました。
またある時は、歌うたいのお兄ちゃんに看板の制作を依頼されました。
またある時は、なぜか知らない人に1000円もらいました。
そして、ある日。
君のイラストは素晴らしい。今度、僕の企画する展示会に参加してくれないか。そう言われて、なんだかよくわからない事務所に連れられて、サイズはこのくらい、額をつけて、会場は天王寺MIOの催し物会場で、価格は好きにつけなさい、など、話が進み、ただ、日に数百円を手に入れて、それでコーラを買ってみんなと話していれば満足だったニャンに、大人の世界が介入してきたのです。
企画、価格、展示…
知らない、よくわからない、誰か、これが何なのか教えてください。そう思いました。
怖くなったニャンは、カンタンな道を選んだのです。
逃げました。
それ以来、路上で遊ぶのもやめて、なんとなく友達だったみんなとも会わなくなって、なんの変化もなく時が過ぎました。
あの時、声をかけてくれた大人、ありがとう、ほんでごめん。と今は思います。
表現をすることと、そのリアクションを受け止めることは、同じくらい良くも悪くもストレスを伴います。
ちなみにニャンの路上での活動はNHKさんにあるきっかけで取材していただき放送され、記録に残っています。
誰にみせるものでもないけれど、父親だけは大切にしているみたいですね。

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