先日、もう何度もお会いして、ニャンの作品などよく知ってくださっているかたとお話していました。
作品についてはよくご存知。でも、ニャン自身については特にお話していない方です。
ふいにイナゴの佃煮の話になって、ああ、子供のころは稲を刈っておりましたので、存じております、とお話しました。
稲を刈っていた?大阪生まれじゃないの?
いいえ、大阪生まれですが、少しばかり移動をした幼少期でした。
山間にある小さな集落で、商店は一軒もなく、自動販売機もなく、改造車が時々演歌を流しながらお造りを売りに来るのがたまの楽しみの、寒い寒い地域に住んでいたことがあります。
湿った杉の木の薫りに包まれながら、ボンネットにちらばった雪の結晶を指で溶かす。
牛小屋から顔を出す牛さんの表情が怖くて、おばあちゃんに手を引いてもらってお外へ出かける。
今でも、時々ですが訪ねていきます。
でもあの夜はもう過ごさない。
多分、一生過ごすことは無いでしょう。
裏の山からのんのんさんがおりてくるよ。はやく眠りなさい。いいこだから、のんのんさんが来る前に、眠りなさい。
のんのんさんて、怖いのかな、どんなかな、いるのかな、来るのかな。
まだ納戸をしめていない縁側に目を向けると、そこは、まさに、夜。
深い深い、真っ黒の四角いガラス越しに見えるのは、そのガラスのすぐ向こうが壁のような、本当の黒色。
今この暖かい大阪の家から見える夜は、何時でもアイスを買えるコンビニエンスストアの看板、煌々と光るガソリンスタンドの深夜バイト。
どちらも大切な時間。
自分で選んだ夜ではないけれど、だからこそ愛することに意味がある。
みなさん、満天の星空を「うじゃうじゃ」と思ったことはないのではありませんか。星々が見えすぎる夜空を見上げると、少し不安になるのです。はぁ、とはいた白い息が夜空を覆うと安心したものです。
都会の喧騒のなかに一人。
山村の深い闇のなかに一人。
どちらもとても自分がちっぽけにみえる、不思議な魔法をかけられます。
両方を経験させてもらえている人生をありがたく思います。
これから、どんな夜を過ごすでしょう。
それは私が決めることではありません。
夜はいつでも私を深く包み、私に何か言おうとします。
その小さな声に耳を傾ける。
よく聞きとれないから、私は小さく「おやすみ」とだけお返事して、心地よいお布団で、あぁぬくぬく、とぬくぬくするのです。

0 件のコメント:
コメントを投稿